2019遺書 〜その時私はここに居た〜
正直、世界は簡単に変えられると思っていた。
俺がまだ東京に拠点を置く前、中学生のガキだった俺はAerosmithだとかその辺の80'sMusicを兄に貰ったLogicoolのスピーカーで流して気取っていた。
あの頃の行動力は良くも悪くも怖いもの知らずだったんだと思う。
ヒッチハイクなんかをしたり、合格が決まった高校に電話して「入学式の生徒代表を俺にやらせろ」なんて直談判もしたりした。
「驚いたか?世界は簡単に変えられるんだ。」
この言葉を信じて今までやって来た、確かに騙された、あの頃の俺がこんな馬鹿げた言葉に影響されるのも無理はないだろう。
そろそろ俺が東京に拠点を置いてから2回目の年越しが来るらしい。
あの時の俺とは違ってテレビは殆ど見なくなった、故に世の中とのつながりが格段に減った。
そんな俺でさえも感じるこの師走の風とかいう昔の人が作った言葉は今日までに俺が体験した生活を昨日の事のように蘇らせる。
人間の裏と表、醜い嘘や、利己主義的な行動。
こんなものを何度も見てきた。そんな中ここまで来た俺はすごい奴だと信じてきた。
数え切れないくらいの人間が行き交うこのでっかい街で悲しい別れも決意の別れも色々と積み重ねてきた。
その度に俺は「成長したね」と言われる。
その成長とかいうもののせいなのか、好きだった曲が薄っぺらく感じた、いつも綺麗事ばかり書くお偉いさんの本から得られるものが減った、世の中のつまらないあれこれ、その多くを経験した。
こんな思いをするなら成長なんて欲しくないだとか馬鹿げた感情も湧いた。
近頃の俺はというと生活リズムも次第に崩れ始めて言い訳なんかじゃなくて素直にこれが人間の弱さなんじゃないかって思ってる。
自己嫌悪、当てはめるならばこの言葉なんだろう。
かつてはポジティブの象徴だなんて言われた俺もこんなネガティブな言葉が似合うようになったらしい。
忙しない足元を照らすカラフルなネオンサイン、下品な若者達の匂いとジョーク。
嫌いな人間ほど輝いたり気に入られるこの世の中で「俺は今ここにいる」という事実のせいで魂を強く引き抜かれるような虚無感が襲ってくる。
けれども実際はわからない。
俺は常に笑って楽しんでいる。
断言できる、毎日は楽しい。
こんな素晴らしい日々を過ごしているのはこの世界で俺と俺の周りの人間だけで、俺達が頂点のはずだ。
俺は人間の全体を見るより個々を見るのが得意らしく、いつも集団に溶け込んで群がる実力のない奴を見つけ出しては嫌って軽視してきた。
これまでの時代であれば波に乗ったきり生涯の安定を保証されて来たが、これから俺達が生きる時代は違うはずだ、新宿の牛丼屋でバイトを叱る店長だとか有楽町のラーメン屋で見かけた小汚いサラリーマンは次第に消えていくと思う。
あいつらが若い頃こそ今の身なりでは何にもできなかっただろう。
全てにおいて気が抜けて、まるで掃除のできない人間のゴミ屋敷みたいだ。
俺の母さんは、箸の持ち方を教えてくれた。
正しく箸を持とうという価値観を植えつけてくれた。
箸の持ち方なんて実際はどうでもいいはずだ。
もし世界に正しい箸の持ち方がなければ、箸の持ち方は自己流のオンパレードだろう。
重要なのは、自分の中で正しくありたいという人間としての力だ。
東京は、夢を追う若者から生まれた妥協の欠片で出来ている、夢を諦めるのは誰にだってすぐには出来ない、妥協に妥協を重ね、気づいたら次第に無くなっているようなものだ、その妥協で夢を削り落とし、周りの人間達に慰められて、馴れ合いみたいな連帯感のせいで気付いたら自分じゃ無くて誰かが作ったような夢をそれぞれが持っている。
決して悪いことではない、ただ、お前達はそれで良いのか?
今年の5月、俺が諦めた夢を誰かが叶えた。
けれども俺は11月24日に諦めた夢を全く違う形で諦めた夢の延長線上にあったであろう事を実現した。
弾き語りのワンマンライブを成功させた。
生活の質こそ下がっているが、俺はしっかり夢とその夢の軌道の上に乗っていた。
自己嫌悪の最中なんて良い気分はしないが、俺はそうやって1人になって考える時間の重要さを知っている。
これは東京で1人暮らしをして良かったと思える点の1つだ。
だから俺は今ここで2019年の俺を殺そうとしている、2020年の俺に前世の記憶を少しでも残せるように。
今年の俺は死ぬ、会ったら終わりのドッペルゲンガーが俺だよ。
自己嫌悪をしたって、1秒でも楽しいと思える瞬間があれば良いんだ。
未来に今を正当化できれば良いんだ。
何が正しいかなんてない、早起きは三文の徳、でも遅起きはもっと徳をするかもしれない。
それでもまだ俺は理想を持つ、理想を理想だと思える価値観があるから。
どんなに自分が嫌いでも、理想に近づいているという自覚、近づこうとしている自覚、人間に備わったこの力があれば、例え今がどんなに悪い状況でも俺達は汚れてなんかいない、堕落してなんかいない、簡単に理想を捨てられるものか、馴れ合いからは距離を置くという理想でお前達の足を引っ張ってやる。
中学生のガキだった俺は何にも変わってない。
驚いているよ、世界は簡単に変えられたもの、だから、2020年の俺は変わる。
誰もが引き返した道を1人進む不安より、たった1人で突き進む自分を盛大に祝ってやりたい。
行ってきます。
どうか私を貴方の心に大切にしまっておいて下さい、では、お元気で。